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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(オ)181号 判決

上告人

岩端隆之助

右訴訟代理人弁護士

笹原桂輔

小幡正雄

笹原信輔

被上告人

久保井浜子

被上告人

久保井五郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人笹原桂輔、同小幡正雄、同笹原信輔の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、東京都大田区南馬込四丁目一五一一番四、一五一〇番及び一五一二番四の各土地(いずれも旧地番による表示。以下、右各土地を「旧地番の土地」という。)の昭和一六年四月当時の権利関係を除き、原判決挙示の証拠関係に照らして、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。また、右認定事実によれば、旧番地の土地は、一筆の土地(同所一五一〇番二)として合筆された昭和三五年九月当時、訴外高橋快衛が所有していたものであることが明らかであるから、高橋が昭和一六年四月当時から旧地番の土地を所有していたのか否かは、原判決の結論を左右するものではない。論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分についてその違法をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

共有物の分割又は土地の一部譲渡によって公路に通じない土地(以下「袋地」という。)を生じた場合には、袋地の所有者は、民法二一三条に基づき、これを囲繞する土地のうち、他の分割者の所有地又は土地の一部の譲渡人若しくは譲受人の所有地(以下、これらの囲繞地を「残余地」という。)についてのみ通行権を有するが、同条の規定する囲繞地通行権は、残余地について特定承継が生じた場合にも消滅するものではなく、袋地所有者は、民法二一〇条に基づき残余地以外の囲繞地を通行しうるものではないと解するのが相当である。けだし、民法二〇九条以下の相隣関係に関する規定は、土地の利用の調整を目的とするものであって、対人的な関係を定めたものではなく、同法二一三条の規定する囲繞地通行権も、袋地に付着した物権的権利で、残余地自体に課せられた物権的負担と解すべきものであるからである。残余地の所有者がこれを第三者に譲渡することによって囲繞地通行権が消滅すると解するのは、袋地所有者が自己の関知しない偶然の事情によってその法的保護を奪われるという不合理な結果をもたらし、他方、残余地以外の囲繞地を通行しうるものと解するのは、その所有者に不測の不利益が及ぶことになって、妥当でない。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係によれば、(一)高橋は、昭和三五年九月、訴外金文培名義で所有していた旧地番の土地を合筆して一筆の土地とした上、これを一五一〇番二の土地と同番五の土地とに分筆し、同月二九日、一五一〇番二の土地を上告人に売り渡し(以下、同土地を「上告人所有地」という。)その旨の所有権移転登記を経由した、(二)高橋は、昭和三六年四月一七日、一五一〇番五の土地を訴外益子昇に売り渡し、その旨の所有権移転登記を経由した、(三)上告人所有地は袋地であるが、それは、前記のとおりの高橋による旧地番の土地の合筆、分筆後の譲渡によるものである、というのであって、右の事実関係のもとにおいて、(1)上告人は、上告人所有地を買い受けた時点で、いまだ高橋の所有であった一五一〇番五の土地について囲繞地通行権を取得した、(2)袋地のための囲繞地通行権を受忍すべき義務は、いわば残余地自体の属性ともいうべきもので、その譲渡によって譲受人にそのまま承継され、袋地所有者は、残余地以外の囲繞地に対して民法二一〇条一項の規定による囲繞地通行権を主張することができない、(3)上告人は、益子が一五一〇番五の土地を買い受けた後においても、同土地を通行する権利を有し、上告人所有地を囲繞する被上告人らの所有する原判決添付物件目録一の2記載の本件通路部分について囲繞地通行権を行使することができない、とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点ないし第五点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の反対意見は次のとおりである。

私は、上告理由第二点についての多数意見に賛成することができず、原判決は破棄を免れないと考える。その理由は、次のとおりである。

民法二一〇条以下に規定する囲繞地通行権は、土地の利用の調整を目的とするものであるが、或る土地が他の土地に囲繞されて公路に通じないという土地の物理的な属性のみを考慮して定められたものではない。例えば、袋地所有者が囲繞地通行権を取得した後、被通行地以外の囲繞地を所有するに至った場合には、従前の被通行地についての囲繞地通行権は消滅すると解すべきものであって、袋地と囲繞地の各所有者がなんぴとであるのかという対人的な要素をも考慮して定められているというべきである。

民法二一三条は、共有物の分割又は土地の一部譲渡により公路に通じない袋地を生じた場合に、袋地所有者が残余地についてのみ囲繞地通行権を有する旨を規定するが、同条が民法二一〇条一項の例外的な規定であることに加えて、囲繞地通行権が土地の物理的な属性のほか、対人的な要素をも考慮して定められていることにかんがみれば、民法二一三条は、残余地が共有物の分割又は土地の一部譲渡をした当時の所有者の所有に属する限りにおいて、袋地所有者が残余地を無償で通行しうる旨を規定したに止まり、残余地が当時の所有者から第三者に譲渡されるなどして、その特定承継が生じた場合には、同条の規定する囲繞地通行権は消滅し、民法二一〇条一項の規定する囲繞地通行権を生ずるものと解するのが相当である。

多数意見は、右のとおりに解すべきものとすれば、袋地所有者が自己の関知しない偶然の事情によってその法的保護を奪われるという不合理な結果をもたらし、他方、残余地以外の囲繞地の所有者に不測の不利益が及ぶことになって、妥当でないというが、民法二一三条の規定する囲繞地通行権が残余地の特定承継によって消滅するとしても、特定承継を生ずる前、既に袋地所有者が残余地を通行しているなどの事情があれば、袋地所有者のために必要にして、かつ、囲繞地のために損害が最も少ない通行の場所及び方法として、従前の残余地を選ぶべきものと解されるから、多数意見の批判はあたらないというべきである。かえって、共有物の分割又は土地の一部譲渡によって公路に通じない袋地が生じたにもかかわらず、袋地所有者が残余地を現に通行することもなく、また、残余地の所有者と通行のために折衝することも、囲繞地通行権を主張することもなく推移してきたというような事情がある場合にも、その後に残余地の所有権を取得した第三者が囲繞地通行権を当然に受忍しなければならないというのも不合理である上、他方、第三者が袋地所有者の残余地の通行を権利の濫用にあたるなどとして拒絶しうるというのも、袋地の効用を図るべく囲繞地通行権を規定した民法の趣旨に照らしても妥当なものではない。

以上と異なる見解のもとに、上告人は、上告人所有地を買い受けた時点において、その一部譲渡がされる前の一筆の土地の残余地でいまだ高橋の所有であった一五一〇番五の土地について民法二一三条二項の規定する囲繞地通行権を取得したものであるから、益子が一五一〇番五の土地を買い受けた後においても、同土地のみを通行する権利を有し、被上告人らの所有にかかる本件通路部分に対して民法二一〇条一項の規定による囲繞地通行権を主張することができないとした原審の判断は、民法二一〇条一項、二一三条二項の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、上告人が上告人所有地から公路に至る通行の場所及び方法として本件通路部分が上告人のために必要にして、かつ、被上告人らの囲繞地の所有者のために最も損害が少ないものであるのか否かにつき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人笹原桂輔、同小幡正雄、同笹原信輔の上告理由

第一点〈省略〉

第二点

原判決は法律の適用を誤っている。

すなわち、原判決は法律の解釈を誤り、民法第二一〇条第一項を適用すべき本件事案に、民法第二一三条を適用し上告人の主張を排斥した違法がある。

一 上告理由第一点三項Ⅰ(2)に述べた土地の属性来歴を有する原判決図面三表示の旧一五一〇番二の土地、旧一五一一番四の土地及び旧一五一二番四の土地が原審判示の経過において合筆、分筆され図面四及び五表示の一五一〇番二の土地と一五一〇番五の土地に分筆され、上告人が右一五一〇番二の土地(以下「上告人所有地」という)を所有した場合、被上告人らが所有する本件土地一のうち本件通路部分に対し、民法第二一〇条第一項の囲繞地通行権は、以下の理由により認められる。

そもそも、囲繞地通行権は、隣接する不動産の「利用関係」を調整することを目的とする相隣関係の一場合であるから、土地所有権の内容を土地の「価値」に対する権利と「利用」に対する権利とに分けた場合に後者に関する権利であることは明らかである。このように囲繞地通行権が隣接土地の利用関係の調整を目的とするものである以上、袋地と同一の所有者に属する土地を通って公路に出られる限り、原則として他人の土地の利用を許さないものとするのが、公平の観念に合致するであろう。この意味で、形式的に見れば上告人所有地は被上告人ら所有の本件土地一に対する関係では、袋地でないとも言えそうである。

然しながら、原審も判示する如く、上告人は昭和三五年九月三日頃、(但し、現地を見せられたのは昭和三五年八月初旬前後である)訴外高橋、町会長、不動産業者が入って上告人がこれらの者を信じて、訴外高橋より上告人所有地を買い受ける契約をなし、これと併せてこの時点で既に訴外高橋によって建築された本件車庫(本件土地一及び本件土地二の各土地の一部地上にある)を賃借するとともに、この時点で既に訴外高橋によって上告人所有地の通路として設けられた本件通路部分についても、上告人が通行できるとの合意を締結した(なお、本件土地一及び本件土地についての被上告人先代久保井と訴外高橋との間の賃貸借は、上告人不知の問である昭和三七年一〇月二九日の大森簡易裁判所判決に解約により確定した)が建築資金の都合で昭和四一年四月まで右土地上に建築しないでいたところ、上告人不知の間の昭和三六年四月一七日に、訴外高橋はその所有する図面五表示の一五一〇番の土地(以下「訴外益子所有地」という)に通路を設置せずして、訴外益子に売却し、訴外益子も上告人不知の間に通路を設置せず、遅くとも昭和三七年一二月一二日頃には土盛等をして居宅を建築してしまい、上告人が訴外益子所有地を通行するためには訴外益子所有建物等の工作物を取毀し、新たに通路を開設しなければならないことになった一方、本件上告人が土地を買い受けた当時、前述の如く、既に訴外高橋により設置された本件通路部分は、自由に通行できる状態であったのみならず、上告人所有地である図面五表示の一五一〇番二の土地はその合筆の経過を遡れば、上告理由第一点三項(2)で述べた図面三表示の被上告人先代久保井の所有した旧一五一〇番二の土地が合筆された土地であり、然も右旧一五一〇番二の土地は右被上告人先代久保井が訴外河原に売却した当時は袋地であったから、その結果、右土地は、その売却人であった被上告人の先代久保井及びその承継人である被上告人らの所有の本件土地一に対し、通行権を主張できる土地であり、同人等は右土地のため本件土地一に対し右通行権を主張されても、これを止むえない義務を負担していた。従って、上告人所有地は本件土地一に対し通行権を潜在的に有していた土地を含んでいるものである。また、本件土地一は、昭和一六年以来、前記の如く、訴外高橋に賃貸していた土地の一部であったこと等から新たに本件土地一に負担を課するものでない。更に第一審及び原審も判示する如く、本件土地一及び本件土地二は、被上告人らの自己使用の必要性のない土地であること、更に本件通路部分が囲繞地のために最も損害の少ない方法であること等を考慮すれば、上告人所有地が被上告人ら所有の本件土地一との関係において、原審のように民法第二一〇条第一項の袋地にあたらないと断定してしまうことは、かえって衡平な土地利用の調整という目的に反するというべきであるから、上告人は民法第二一〇条第一項によって、少なくとも本件通路部分に対し囲繞地通行権を有するというべきである。このように考えると袋地所有者に不当な利得を与え、囲繞地通行権に不当な損害を与えるようにも思えるが、民法第二一二条は「通行地の損害に対して償金を払うこと」をも予定しているのであるから、著しい不公平はこの規定を利用することによって避けることができるものであり、そして、上告人は現にその提供の申出をなしていることも明らかである。このように本件事案においては、民法第二一三条を適用すべきでなく、原則の民法第二一〇条第一項を適用すべきであるのに、これを排斥した原審判決は、法例の適用を誤ったものであるから、破棄されるべきである(東京高等裁判所昭和五〇年二月二七日判時七七九・六三参照)。

第三点、第四点、第五点〈省略〉

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